2017年8月18日金曜日

Vol.31 「電巧社の味」



なんとも、ヘンテコリンな響きですね。
弊社は電気の総合商社、工場なのに味がするものを
お届けしているのでしょうか?

電巧社がお客様にへの感謝の気持ちとさせて頂いている
銘菓、湯島、『花月のかりんとう』の事です。

今から六十年以上遡る戦後の物の無い時代から
創業者 中嶋次重はお客様への手土産に
『花月のかりんとう』を持って行きました。

理由は…ただ一つ、“美味しいから”
(日持ちもするのでお客様の御都合で召し上がって頂ける事も良いと考えた様です)

時代は平成へと移り変わりましたが、お客様に喜んで頂きたい
という思いは変わらず、電巧社では花月のかりんとうを贔屓にしています。

さてさて、花月さんの栞を読んでみるとこんな事が書いてありました。

あるとき職人がかりんとうに使う砂糖をうっかり煮詰め過ぎ、飴になってしまったそうです。
捨てるのは勿体無いので試しにそのまま作った所、宝石のように美しくて美味しい
かりんとうが生まれたそうです。


なんと!失敗から生まれたとは!
それを聞いてそっくりなエピソードを思い出しました。


ヴァイオリンの名器、ストラディバリウス。
製作者のアントニオ氏がニスを煮詰めて炭化直前を狙い、それを塗布した所
まるで備長炭の様な高音の響きを奏でるヴァイオリンを作れる様になったそうです。
(これは名古屋のヴァイオリンメーカー シャコンヌの窪田さんから伺いました)

失敗から生まれたロングセラーと言えば
Mの付箋、ポスト・イットを思い出します。

超強力接着剤の製品化が至上命題であった3M
試作過程で幾度と失敗しドラム缶一杯に残ってしまった、くっつかない糊。
そこから、生まれたのがあの絶妙な加減の相手を傷めない付箋だそうです。

他にも…

お菓子の柿の種は当初は小判型の金型で切り抜いていたそうです。
ある日、その金型をうっかり踏み潰してしまい、元に直らずそのまま使用したら、
歪んだ小判型のあられになってしまいました。

そんなあられを持って商いをしていたところ、ある主人が「こんな歪んだ小判型はない。
形は柿の種に似ている」といわれ、そのヒントから大正13年「柿の種」が誕生しました。
と浪花屋製菓さんの説明にあります。

お客様に喜んで頂きたいと言う気持ちが、そこにあれば
どんな失敗も必ず皆の喜びに繋がるのですね。

商いの神様が見守ってくれていると感じずにはいられません。

A

2016年2月1日月曜日

Vol.30「記憶泥棒」


以前から思っている事がある…


私の上司だ。 

ものすごく記憶力が良いのだ。

どんな微細な事でも覚えている、何年経っても覚えている。
社員全員の記憶分、覚えているのでは無いだろうか?


前から思っている事がある…

私の上司だ。 ←同一人物

ものすごく記憶力が悪いのだ。 


いや、ちがう…

悪いフリをしているのだ!そうだ!そうに違いない!
そうでなければ上司が務まる筈がないし…アチコチで整合性がとれない。

私が何かを間違えると…

『う~ん、そうだったっけ?もう覚えてないよ~』…と言う。

きっとバッチリ覚えている(笑) 

それは私達社員が自主的に気づきを得るまでの猶予をくれているのだ。

自分で思いだせた記憶は、己の “脳の筋肉” になる!

思い直して、『こう、こう、こうでした…』と説明すると…

『う~んそうだった?』


再び、何かが間違っているとヒントをくれる。

ウカウカしていられない!!!

私の上司は…

“ 覚えている事を忘れている。 忘れている事を覚えている。 ”

…と私は、しかと覚えとかねばならない。 

(A)

2016年1月21日木曜日

Vol.29「テレビに出て感じた人情の大切さ」


201511月 突如当社がテレビに取り上げられるという話が来た。
「ウソのような本当の瞬間!」という番組で屋上のQRコードについてであった。

私は、説明員を努めさせて頂くことになり、
緊張に包まれる中、キラリと睨みつけるカメラと向き合った。
不慣れなことでカミカミだったため、
何度か撮り直し結局最後の映像が使われていたようだ。

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折角テレビに出るのだから友人にも見てもらいたいと考え、
事前にFacebookで告知しておいた。
これで、さぞかし反響も凄いことだろうと期待に踊らされていた。

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しかし。。。友人から賞賛の声は届かなかった。

Facebookの画面を見つめながらサーバがダウンしているのだと思い込ませた。
翌日「見たよ!」と声をかけてくれた会社の仲間達が天使に思えたのだった。

30代。日々の忙しさを理由に友人とのコミュニケーションが
気薄になっていたのかもしれない。もう少し友人との付き合いを大切にしよう。

私は、人情が足りなければ良質なコミュニケーションは生まれないと考えている。

もっと人情が必要だ。

そう気づかせてくれたテレビ出演であった。


M